PatBaseとエクセルで簡易特許分析-第3回「Apple Inc.」

佐藤総合特許事務所の弁理士 佐藤です。

RWS社のPatBaseとエクセルを連携した簡易特許分析の記事の第3回です。
第1回「Tesla Inc.」はこちら
第2回「CATL」は こちら

この記事のテーマ選定用に実施した知財指標と経営指標との連携に関する記事(グローバル時価総額トップ100社の検討バブルチャートの応用事例)でも取り上げましたが、多くの人がGAFAMの動向に興味を持っているようなので、今回はApple Inc.の分析をしてみたいと思います。

連載と言いながら1か月半も空いてしまい申し訳ありません。今回の記事が遅れた理由なんですが、この記事にも関連しますので記事の後半で説明したいと思います。
それではいつも通り、同社に関する情報ソースのまとめからスタートします。

基本情報
Apple  公式WEBサイト
 Investor Relations - Apple  IRページ
 SEC Filings - Apple  米国証券取引委員会(SEC)への提出書類の掲載ページ

関連情報
Apple - Wikipedia
Apple (AAPL) - Market capitalization (companiesmarketcap.com)  時価総額、売上、利益など
iPhone 関連の最新ニュースをお届け! - iPhone Mania (iphone-mania.jp)  Apple商品関連情報(国内)
MacRumors: Apple News and Rumors   Apple商品関連情報サイト(海外)
9to5Mac - Apple News & Mac Rumors Breaking All Day   Apple商品関連情報サイト (海外)
アップル【AAPL】:株式/株価 - Yahoo!ファイナンス
AAPL | Apple 株式-Investing.com

Appleに関する知財関連情報
APPLE INC 特許分析レポート(米国特許) (patent-i.com)
Appleのトピックで学ぶ知財制度のイロハ | 日経クロステック(xTECH) (nikkei.com)  有償記事です。

簡易ビジネス分析

以前の記事でGAFAMを取り上げたときに作成した売上高などに関する数字を再掲します。

  • 左上がAppleですが、2021年の予測値として売上高3500億ドル(約40兆円)、利益1000億ドル(約11兆円)で3割程度の高い利益(EBIT)を得ています。
  • 株式の時価総額は2021/10/18時点で2.394兆ドル(約274兆円)となっています。
  • 出典はApple (AAPL) - Market capitalization (companiesmarketcap.com)です。

次に、ビジネスの概要を確認するために、企業分析ハックさん(twitter)の売上構成比に関するツイートを参照します。

  • iPhoneで売上の半分近くを稼いでおり、MacとiPadを含めた主要製品3種で売上の7割程度を占めます。
  • GAFAMの中ではiPhoneのような電子機器の販売の割合が最も大きな企業であることがわかります。なお、appleは自社工場を持たずEMSを活用して製品の製造を行うことが知られており、規模と直接関係の無いマーケティング(商品設計)と研究開発(機能設計)に注力することで商品の差別化を図っています。これらの活動から生み出されるアイデアや設計事項が特許化されることになります。

なお、本HPの調査用のリンクでは特許や技術、マーケティングなどに使用できるWEBページを紹介していますので、もっといろいろな情報を探してみたいという方は参照してもらえればと思います。

検索式

それでは、特許の分析に入っていこうと思います。検索式は会社名と出願日(創業年の1976年以降)で限定しています。検索日は2021/10/18です。

PA=(APPLE INC) and APD>=1976

PatBaseで検索する際はコマンド行にこのまま貼り付けて検索できます。

簡易分析結果

まずは概要を知るのに簡便な"analytics V3"のダッシュボードで確認します。
(以下の図で細かくて見づらいときはクリックして拡大してください)

  • ダッシュボードでは、出願国、年ごとの出願・登録件数、分類フィールドや権利の生死状態を並べています。
  • 出願されているファミリー数は約27,000件、出願件数は約105,000件、登録件数は約68,000件という世界のテック企業としても最大級の規模を誇るポートフォリオになっています。
  • 出願人の項目では、例えば共同出願されたり権利が移転された会社を示しますが、IntelやFreescaleのようなappleが自社製品として開発しているプロセッサなどを製造するメーカだけでなく、Elpidaのようなメモリ会社が含まれているのも特徴的でした。
  • 出願はアジア、欧州、米国のような多くのグローバル企業が出願している国だけでなく、過去の記事で取り上げた企業では出願が確認されなかったロシアのような国でも結構な数の出願がされており、また出願国は72国と多くの国に出願していることがわかり、真のグローバル企業の知財力を感じました。
  • また、出願件数動向を見ていくと、iPhoneが発売された2007年あたりから大きく出願件数を伸ばし、2015年に9千件を超える出願をしています。数十兆円を超える売上を支える技術開発の成果を保護するために多大な知財費用をかけていることがよく分かります。

ここで、ダッシュボードで示された出願・登録件数と生死状況を参考に、概算値として特許の取得・維持費用について計算してみます。

  • 出願費用、登録費用は各年の出願件数、登録件数に適宜の係数を掛けて算出しています。
  • 維持費用は、その年から遡って20年に登録された件数に生死状況の0.7を掛けて維持件数とし、維持費用のための係数を掛けて算出しています。
  • この計算では特許取得・維持費が最高額となった2019年で163億円程度となりました。これは、2019年の売上$267.68Bの約29.44兆円に対して0.055%となり、同年の利益$71.22Bの約7.83兆円に対して0.21%となりました(為替は110円/ドルで計算)。結果として、特許費用が売上高や利益に対して極めて低い割合であることが分かりました。
  • 特許の取得・維持費用について千億円単位でかかっているのではないかと予想していました。それからすると思いのほか低額な結果となりました。ただし、知財費用としては、特許以外の意匠や商標の取得・管理費もありますし(米国については意匠も特許に含まれます)、訴訟費用なども考えると知財費用全体としては千億円単位の経費がかかっているものと思われます。

次に、各国のファミリー数、出願件数、登録件数のグラフを見てみます。

  • 上の図では上位50位までを表示しています。
  • ファミリー数では、本社のある米国が最大で、WIPOを除くと主要な受託工場のある中国が最大の出願国になりました。また、受託工場という観点でいうと、ホンハイやペガトロンのある台湾や、インドにおいてもかなりの出願が確認されます。
  • その他、EPOやドイツやオーストリアのような欧州も多く、電気機器メーカのひしめく日本やサムスン電子のある韓国なども多く出願されていることが確認できました。

直近25年の各国の出願について各年ごとに認識されているファミリーの数をまとめてみます。

  • 時期によって出願国が偏るようなことがほとんどなく各国に安定して出願されています。このことから、全方位的に出願し権利化することがシステム的に決まっていることが推測できます。
  • ただし、インドでは2005年から出願が確認され始めており、オーストリアでは2013年から出願が確認されなくなっています。
  • iPhoneが発売される2007よりも前からも多くの出願がされており、これらはiPhoneの開発時のものであったり、それより前から販売していたMacのような製品の出願であると推測されます。

次に、各国の審査状況を見てみます。

  • これを見て、出願件数では大きく差のない日本と韓国のイベントの差が気になりました。Renewal(更新)で約10倍、Reassignment(再譲渡)で20倍、Restored(特許期間の回復?)で5倍、Appeal(査定系審判)で1000倍と大きな差が生じています。
  • ここから、例えば日本では権利譲渡が行われたのではないかとか、広い権利を取得するために権利化の段階で中間対応を頑張っていたのではないかという想像をすることもできます。もちろん、データベースの収録情報の偏りのような理由もあるかもしれませんが、このような予測を立てておくことは新しい示唆を生み出すために役に立つ場合もあります。

次に他社との関連性を見るために引用関係を見てきます。まずは、引用数別の上位の出願人を確認します。

  • 欧米や日本の電気通信メーカや半導体メーカが並んでいます。appleはiPhoneやiPadのような電子機器だけでなく自社の機器に用いるチップも開発しているため、半導体メーカの出願も審査で引用されていることが分かります。
  • スマートフォン分野での競合であり、米国など9カ国での訴訟で争っていたサムスン電子の出願も多く引用されています。

次は、被引用数別の上位の出願人を確認します。

  • 全体的な傾向は引用文献のグラフと同じようです。
  • ただし、引用文献のグラフでは30位ぐらいだったHuawei Techが10位となっていました。米国の貿易制裁で売上は下がったものの一時はスマートフォンでのグローバル売上トップとなっていたHuawei TechもAppleにキャッチアップするためにかなり近い領域での開発をし特許出願していたことが推測できます。

次に共同出願人や権利譲受の確認をするために、出願人のデータを確認します。

次は、特許分類としてCPCの付与数上位40位を見ていきます。

今回も内容を把握するため、自作のエクセルで分析した結果を見ていきます。まずは上位20位まで

続いて上位40位まで

  • iphoneやipadのようなユーザから直接認識しやすい分野としては、濃紺のGセクションのG06F3/048の「GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)」に関する特許分類が多く付けられています。
  • また、上述したintel社との共同出願やNortel Networks社の特許取得に関するものと思われる無線通信に関する特許分類(表の紫)であるH04の関係の特許分類も多く付与されています。ここではH04Wの「無線通信ネットワーク」やH04Lの「デジタル情報の伝達」など無線通信に関する特許分類が多く付与されています。
  • そして、赤のYセクションも付与されており、無線通信などにおける消費エネルギーの低減のような技術による天候変動の緩和という特許分類が付与されている点も興味深いです。

ここまではCPCでサブグループと言われる5階層目の深い階層の分類記号についての分析をしていました。しかし、PatBaseの"Analytics V3"の仕様のため上位300位程度までしか分類記号と件数のデータを得られず、付与数の少ない分野がよくわからないため、少し浅い階層である3階層目であるサブクラスについて分析をしてみました。
また、先のエクセルとは集計方法を少し変えて、1991年からの出願ファミリー数の動向も見れるように分析を行いました。分析したデータは以下のような感じです。

このような感じで約230ほどのサブクラスが「いつごろ」「どのぐらい」出願されているか集計したのが以下の画像になります。

今回の記事はもう少し続く関係で、全ての画像を貼り付けて記事が間延びするのも面白くないため、文字が読める画像はTwitterのツイートでシェアしています。
出願の詳細を確認したい人はこちらから画像を取得してみてもらえればと思います。

そんなわけで、ここに挙がっているサブクラスの分類記号をセクション別で集計すると以下のようになります。
(上のリストと下のパイチャートの色は合わせていません)

  • サブクラスの分類記号が付与されている数が一番多いのはGセクションでした。細かく見ると、光学関係(G02B)、電気的デジタルデータ処理(G06F)、画像データ処理・生成(G06T)、表示装置(G09G)などが多いようです。
  • 他のセクションの出願もあそこに使われているのかな?とおもえるような分野の特許分類が付与されているので、上記のツイートから画像をダウンロードして見てみてもらえればと思います。

さて、今回の記事の最後の分析テーマになりますが、実はここ最近一月ほどかけて以下のような分析ツールに関する準備をしていました。「特許分類バブルマップ」という名前を付けましたので、今後はこのマップも分析に活用していきたいと思います。

簡単に説明すると、特許分類の①分類記号(例えば"Y02D30/70")と、②その説明(例えば左の分類記号なら「無線通信ネットワークにおけるエネルギー消費の削減」)と、③その分類記号の付与数(例えば左の分類記号の左ファミリー数なら"1300")を複数組み合わせたデータを放り込むと、これらのデータに基づきXY平面座標上に分類記号に対応するバブルをいい感じに配置するというツールです。
もう少し具体的にバブルの配置のルールを説明すると、技術の関連性によってバブルの距離を決め(技術的に近いほど近く)、付与数が多いほどコア技術として中央に寄るように、付与数が少ないほど周辺技術として外側に配置するように、独自のアルゴリズムで座標値を算出してXY座標上に描画するようにエクセルで作りました。

また、このグラフでは、ファミリー数に応じてバブルの面積を制御しています。この例では上の方のサブグループで分析したデータと同じデータを使っている関係で、特に出願件数の多かったGセクション(緑)とHセクション(茶)とYセクション(灰)のバブルだけが描画されています。

このツールでは、下に示すように一部のセクションだけを表示したり、分類記号を上のほうから指定してその分類記号を含む分類記号だけを表示したり、その分類記号の説明も冒頭何文字というような形で併記できるようにしました。これを見るとapple社の半導体などの関連技術のコア技術、周辺技術などが簡単似分かると思います。

上の図では、Hセクションに限定して表示しているのでセクションのHの文字は省略しています。
この図の中央付近を更に拡大してみると分かりますが、どんな分野に出願しているか、どこがコア技術か、どこが周辺技術か、といったことがこのマップから確認できます。

ランドマークタイプのマップの作成ツールとしては、Orbit intelligenceValuenexのようにテキストマイニングなどの技術を使ったものもありますが、技術の分布がわかるマップは書けるものの、ツールの導入や維持にそれなりのコストがかかるので中小企業では導入しにくいという問題があると思います。これに対し、このツールはエクセルで制作しているのでオフィスソフトさえあれば使うことができますので、弊所のクライアント様であれば自由に利用していただくことができます。

それから、このツールについては、知財活用の事例とするために「特許分類バブルマップ」を商標登録出願をし、データ分析と表示に関する方法などについては自分で明細書を作成し特許出願をしています。
なにぶん、私の事務所は実績がないのもありご依頼いただくのに抵抗があるのではないかと思いましたので、サンプル案件としてのご依頼を検討されている企業様には明細書も開示できます。

まとめ

価総額で引き続き首位をキープしており新商品を発表するたびに注目を集めるAppleの特許を国別の出願状況や技術分野などの観点で確認してみましたが、各国への幅広い出願と、iphoneやiPadなどにおけるユーザーインターフェースと通信を含む半導体チップに強みがあり知財でしっかりと守っている企業であると再認識しました。
やはり時価総額で世界トップの企業は伊達ではなく、グローバル企業としての知財力の強さを垣間見た気がしました。

なお、前回の記事まで上記したコメントをまとめていましたが、必要性が乏しいようにも思いましたので、今回は省略します(希望があれば次回以降は再開するかもしれません)。

感想など

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、CSVのエクスポートデータを用いたいろいろなエクセルでの特許分析方法についても紹介してみました。特許分類バブルマップの準備に時間がかかって記事の更新が遅れてしまったので、次回はもう少し早く記事を書きたいですね。

以上、何らかの気づきを提供できたのであれば幸いです。

また、弊所ではPatBaseだけでなく、上述したオリジナルツールやPatentMapEXZのような分析ツールも揃えていますので、本件の深掘りやそれ以外での調査や特許分析などの案件についてのご相談がありましたら、私の特許事務所HPお問い合わせからご連絡いただければと思います。